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社会からの洗礼 episode-5

logo1 さてシリーズでお伝えしている自伝 3作目は社会人になった頃の話です。

就職活動

episode-3は大学時代の話で遊んでばかりでした。そんな自分も4年生になり就職活動を始めることになります。 まず最初に受けたのがへーベルハウスでおなじみの旭化成ホームズ。いきなり第一志望を受けました。 旭化成を選んだ理由は単純に給料が良かったから、その他は特にこだわりはありませんでした。

面接当日

昔は今のように面接の練習をするということはありませんでしたのでほとんどぶっつけ本番です。当時どんな質問されたかはあまり覚えていませんが一つだけ覚えていたことがあります。 その内容は志望動機、「どうして当社を選んだのですか?」って質問です。 それで僕が出した答えは、 「旭化成ホームズさんって名前にホームってつくじゃないですか。」 「ハウスじゃなくてホーム」、「ホームだから決めました」って言った覚えがあります。 たぶん面接官には、「そんなの別にうちじゃなくても、◯◯ホームってどこにでもあるよね」って思われたと思います。 結果、不採用でした。 本当は、「家」という物のでなく「家庭」暮らしが大切だって話をしたかったのです。(この話の根拠はepisode-2になります。) しかし、あの頃はまだ物の優位性で商売が成り立っていたので伝わらなかったのかもしれません。 今思えばちょっとエクスマ的な発想だったなと感じます。 そして、次に受けたのが、富士ハウスという会社でそのまま富士ハウスで働く事になります。東海地区ではわりと名の知れた中堅ハウスメーカーでした。

社会からの洗礼

浜松に本社のあった富士ハウスは当時ものすごい勢いで成長していました。 右肩上がりに売り上げが伸びていき当然人手不足、驚いた事に配属されて数ヶ月で現場を持たされました。社会に出たばかりの小僧に一生の買い物の指揮を取らせるんです。 さらにこの会社の仕組みも変わっていました。 普通の住宅メーカーは設計・管理・アフターと分野別に担当が分かれています。しかし富士ハウスでは営業が契約した時点でその後一切の業務を現場監督が行っていました。 プランニングから確認申請の作成・提出、お客さんとの仕様打ち合わせ、現場管理、材料の手配、アフタークレーム対応。 この一連の業務を入ったばかりの新米がいきなり任されます。上司といっても自分より数年早いくらいの方で、上司も自分の抱える仕事でアップアップの状態。

働くという事

入社半年が経過した時、あるお客さんが担当になりました。 そのお客さんはとても酒癖が悪く、毎晩のように晩酌をすると暴言を吐くくせがありました。 そして、家を建てるのをきっかけにその矛先が自分に向いてしまいました。夜な夜な電話がかかってきて呼び出しをくらい、クレームを聞く。その後、事務所に戻って仕事をする。という日々がしばらく続きました。正直この時はきつかったです。会社で泣きました。

早くも主任

1年が経過しなんとか業務がこなせるようになった矢先に豊田支店に異動になりました。異動と同時に新卒の後輩が4人入ってきて、すぐに主任という役が与えられ、1年目にして上司です。 自分だけでも手一杯なのにさらに新しい人材を育てなければいけないという状況に陥りました。 お客さんの一生に一度の買い物に携わっているので失敗が許されない。そんな責任と恐怖を感じながら仕事をしていました。 これが働くということなのかと社会の厳しさを実感することになりました。

ある出来事

2年目で主任になっていたぼくは農業振興地域(住宅を建てることができない地域)に無理やり建てる物件(議員を使って無理やり通す)、超狭小地住宅、崖に建てる住宅など難しい案件ばかり担当することになりました。 その中の1件、崖に建てる住宅で事件が起きました。 基本、最初は営業が適当な図面を書いて契約してきます。その図面は法規を加味していません。土地の縮尺もあいまいです。 そして、営業が持ってきた測量図を元に設計を始めました。大屋根のダイナミックな設計で自分も気に入っていたしお客さんも気に入ってくれていました。 建築も中盤に差し掛かったある日、中間検査で訪れた県事務所から連絡がありました。 「建物と敷地の境界の距離が図面と違うと思うんだけど・・・・・」って連絡です。実際に測ってみると1mほど短かった。それはこの建物が道路斜線制限にひっかかり違法建築になる事を意味していました。 このままではせっかくかっこよくできた大屋根を削らなければならない。 そんなのお客さんが納得するわけがない・・・・。 もうずっと気になって胃が痛くなって眠れぬ日が続きました。 悩んだあげく出した答えは、「偽造写真を撮ってそれを県事務所に送ること」。 メジャーで計測しているところを写真に納めます。普通に計測してもアウトなので遠近法を使いました。 enkin もういちかばちかでした。 もうこの時には、辞職する決意も固めていました。やめてどうなるということでもありませんでしたが、それしか解決策がなかった。 結果は成功。 県事務所の担当者のはからいもあったのかことなきを得ることになりました。

潰れ行く会社

お気づきかと思いますが教育不足・過剰労働で、今の言葉で言えば明らかにブラック企業でした。そんな環境に耐え切れずほとんどの社員が数年でやめていき、僕も数年で退職しました。 そんな富士ハウスもぼくが辞めて数年後には倒産しました。
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倒産直後のニュース

僕が思う倒産の理由

  • 会社の成長が目的になっていた。
    • 無理な営業計画・工場増設をした。
  • 既存客より新規客を大切にしていた。
    • アフタークレームを重視していなかった。
  • 顧客の喜びより、会社の利益を追求していた。
    • 仕様の標準化にこだわりすぎていた。

僕がやめた理由

  • 仕事に夢が持てず、誰のために働いているのか(会社のため?)もわからなくなった。
  • アフターのお客さんの所に行くのが嫌でたまらなかった。(行くとだいたいクレームを言われるから)
  • もっと自由に設計したい。お客さんが喜んでくれる家を建てたいと思った。

今、経営者となってみて

このブログを書いていてふと考えてしまいました。 「あれ、俺が従業員で若者だった頃、なんか夢を持って働いていたな」 そして、夢が見えなくなってやめたんだったな。と 今、経営者やってるけど、 スタッフさんにやりがいや夢を与えられているのかな? 目先の利益だけ追っかけていないかな? なんて考えるきっかけになりました。
何のために働くのか? 誰のために働くのか? 利他の心が会社を成長させる。
※この物語はノンフィクションです。実際に起きた出来事に基づいて記載されています。
岡本 敏成

岡本 敏成

昭和48年生まれ、とにかく何でも自分でやってみないと気が済まない性格でとりあえず色んな物に手を出し、気に入ったもの楽しいことには深入りするタイプ。 好きなことをしている時が一番クリエイティブになれる。 だから好きなことを仕事にできたらと常に思って生きています。

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